昆布じめがつなぐ、富山の風土と人々の想い

昆布じめがつなぐ、富山の風土と人々の想い
株式会社かねみつ

株式会社かねみつ

株式会社かねみつは、富山県魚津市にて無添加の「こぶじめ刺身」を手がける食品製造会社です。
素材と手作業にこだわり、県内外のスーパーやギフト需要にも対応。
伝統の味を守りつつ、次世代への文化継承にも取り組んでいます。

事業内容について教えてください。

金三津さん:「昆布じめのお刺し身」を製造・販売しています。無添加で、昆布本来の旨味を魚にしっかり移してつくるのが特徴です。
県内外のスーパーさんはもちろん、ホテルや飲食店など業務用や、お土産屋さんにも卸していて、個人のお客様にはお中元・お歳暮をはじめとした折々のギフトとしてもお届けしています。

近年は温暖化の影響もあって、特に昆布は良質なものが手に入りにくくなってきました。
その中でもいろいろな方のご尽力もあって、全国の皆様へお届けすることができています。

昆布も魚も、すべて素材選びから手作業で一つひとつ、手間を惜しまず心を込めて作っていて。
昆布じめって、見た目はシンプルかもしれないですけど、素材の力と人の手が合わさって、やっと成り立つものなんですよね。

「やるしかない」から「守りたい」に変わるまで

就任のきっかけを教えてください。

金三津さん:私がこの仕事を継いだのは、父の死がきっかけでした。
もともと家業の自動車修理会社で働いていて、昆布じめの製造にはほとんど関わっていなかったんです。

正直に言えば、当時、社長になるなんてまったく想定していませんでした。
でも、病に倒れ、いよいよ危ないかもしれないとなった時に
「もしかしたら、私がやることになるのかもしれない」という気持ちが頭のどこかにありました。

そして社長に就任したのは、令和5年3月。
最初は本当に不安だらけでしたね。
食品業界の知識も経験もなく、社員さん、パートさん含めて20人近い従業員を抱える立場になって。

でも、従業員の皆さんがそんな私を支えてくれたんです。
当時「やるしかない」とがむしゃらに走っていた私に、ひとりの社員さんがそっと言ってくれたんです。「できる限り支えます」と。
静かだけれど力強くかけてくれたシンプルなひと言が、どれだけ心に沁みたか。
右も左もわからないなかで、その言葉が「大丈夫、やっていけるかもしれない」と思わせてくれたんです。
あのときのあの言葉がなかったら、もしかしたら私はずっと不安のなかで立ち止まっていたかもしれません。

あとから聞いた話ですが、父は病床で「貴子を支えてやってくれんか」って静かに伝えていたそうです。そうやって見えないところで私の背中を支えてくれていた人たちがいて。
その想いが今の私を動かしているんだと思っています。

就任してしばらくは、役員が立て続けに退任したり、会社の中も不安定で、従業員も
「この先どうなるの?」という気持ちがあったと思います。
時には厳しい意見も飛んできました。でも今振り返ると、そのひとつひとつが
「この会社を守ってほしい」という従業員ひとり一人の想いだったんだと思うんですよね。

私は「感謝」という言葉を大切にしていて。
これは亡くなった父から受け継いだ大切な言葉なんです。支えてくれる従業員に対しても、お客様に対しても、原材料の昆布や魚に対しても、すべてに「ありがとう」と言える自分でいたいと思っています。

まだまだ学ぶことばかりですが、あのときの「やるしかない」という覚悟が、今は少しずつ
「この仕事を守りたい」「この味を未来に残したい」という想いに変わってきた気がします。

これからも、お客様の「おいしい」が聞きたくて、従業員に支えられながら、私なりのやり方で、この昆布じめを育てていきたいと思っています。

正直、嫌だった帰郷。でも、誇れるふるさとに。

東京から富山に戻ってこられたんですよね?

金三津さん:正直に言えば、大学を終えて富山に戻ってくるとき、最初はすごく嫌だったんです。
私は東京の大学に進学して、そのまま都内の企業で就職も決まっていました。
実際、就職先から内定もいただいていたんですけど、父から突如
「貴子!働く場所、見つけたぞ!!」
という電話があって、地元に戻ることになったんですよ。
あの時、自分でも何が起きたのかよくわからなかったです(笑)

それで都内での就職を断って、富山に帰ってきた。
そのときは「仕方ないか」と思っていたけれど、暮らしてみて、だんだんと富山の良さに気づくようになったんですよ。

富山って、本当に全部がそろってる県だと思うんです。山があって、海があって、水も空気もきれいで、食べ物もおいしい。
魚津は本当に、前に海、後ろに山って感じで(笑)
私はよく「うちから山まで5分、海まで5分」って説明してるんですけど、それくらい自然がすぐそばにあるんですよ。

あとは、四季の移ろいがハッキリ感じられるところ。
雪が降ってきたら「あぁ、冬が来たな」と思えるし、雪解けの時期になれば「あぁ、もうすぐ春だな」って実感できる。
都会にいると、そういう変化ってビル風の強さとか、気温の上下でしか感じられないんですよね。
富山に帰ってきてから「ああ、私はこんな良い場所で育ったんだ」って、再認識するようになりました。

昔はよく地元の友達と一緒に、虹が出たら「追っかけに行こう!」って車で山のほうまで行ったりもしましたし(笑)
虹が見えなくなるまで、ただただ追いかける。そんなことができるのも、富山の景色がすぐそばにあるからこそ。
富山にいると“あたりまえ”にある風景が、実は特別なものなんだと気づきました。

車がないと不便かもしれない。
でも、車があれば、どこにでも行ける自由もある。
富山って、暮らしの中にちゃんと「豊かさ」がある場所なんだと思います。

たしかに、都会の便利さや華やかさに触れて「やっぱり東京の方が……」って思った時期もありました。でも今は、胸を張って言えます。
「富山に帰ってきて、本当によかった」って。

若い人たちにも、いつかそんな風に感じてもらえたらうれしいですね。出て行くのもいい。
でも、戻ってきたときに気づける価値が、富山にはたくさんあると思っています。

「知ってもらう」ことから、すべては始まる

今後の展望を教えてください

金三津さん:今いちばんの課題は、とにかく「どうやってうちの商品を知ってもらうか」なんです。

昆布じめって、富山の人にはある程度知られていると思うんですけど、特に若い世代にはなかなか届いていない実感があって。
実際、スーパーで立ち止まって見てくださっているのも、やっぱり私たち世代かそれ以上のお客さんが中心です。
若い方にとっては、そもそも「何かわからない」あるいは「高くて手が出しづらい」ものになってしまっているのかもしれません。

無添加で、素材にこだわって、手間ひまかけて丁寧につくっているっていう“背景”を私たちがちゃんと伝える必要があると思っています。
今は通販サイトやホームページを見直したり、従業員のみんなで「こうしたら見てもらえるかな」「こうしたら買いやすいかな」って相談を重ねたりしています。
直売所の場所も、もっと人の目に触れるところに出していきたいという想いもあります。
やっぱり、いくらいいものをつくっていても、見つけてもらえなければ選んでもらえませんから。

県外のお客様にも、ギフト商品を通じて「昆布じめって美味しいんだ」と知ってもらえれば、そこから富山の良さに興味を持ってもらえるかもしれない。
実際、東京の物産展で昆布じめを買ってくださった方が「今度ぜひお店の方にも行ってみたい」と声をかけてくださったこともありました。
そうやって、昆布じめを入り口にして、富山そのものに関心を持ってもらえるような流れを作れたら嬉しいですね。

一方で、原材料の調達は年々難しくなっています。
昆布は温暖化や生産者の減少が大きく影響し採れづらくなり、魚も魚種によっては不漁が続いています。梱包資材も値上がりが止まりません。

そんな中で、いかに品質を守りながらコストを抑え、お客さまに手に取ってもらいやすい価格帯に落とし込んでいくか。これは大きな挑戦です。
でも、妥協はしたくありません。無添加というこだわりは守りたいし、味にも自信があります。
だからこそ「これならちょっと食べてみようかな」と思ってもらえるような切り口が必要。
たとえば食べ方の提案や試食イベント、教室みたいなものも、今後できたらいいなと考えています。

今は、販路が少しずつ縮小してきた中で、改めて“原点に立ち返るタイミング”だと思っていて。
昔お取引していた業者さんへの再アプローチや、新たな販路開拓にも力を入れつつ、地道に、丁寧に、また広げていきたい。

まずは、食べてもらうこと。
そして「また食べたい」と思ってもらえること。
そのために、できることを、ひとつずつ重ねていこうと思っています。

いちど外に出ても、きっと富山の良さに気づけるから

若手世代へのメッセージをお願いします

金三津さん:若い方に、今の私から伝えたいのは「一回、外へ出てもいい。でもきっと、富山の良さにいつか気づけるはず」ということです。

私自身、大学進学で東京に出たときは、心の底から「帰りたくない」と思っていました。
就職も東京で決まっていて、このまま向こうで生きていくのかなと思っていました。
でも不思議なことに、父のひとことで富山に戻ることになって。
そこから、やっとこの土地の豊かさに気づいたんです。

海も山もすぐそばにあって、四季の変化がはっきりしていて、魚も美味しいし、水も空気もきれいで、人も温かい。都会にはないものが、たくさんここにはあります。

それともう一つ。
私が父からずっと教わってきた、大事な言葉があります。
それは「ありがとうは、タダで言える最高の言葉だ」ということ。

従業員にも、お客様にも、原材料にも。
すべてに感謝して生きることが、人との関係も仕事も、豊かにしてくれます。
私はこの会社を継いでから、その言葉の意味を、身にしみて感じるようになりました。

たぶん、都会のキラキラした世界に憧れている若い人たちもたくさんいると思います。
でも、もしどこかで「なんか違うかも」と感じる瞬間があったら、そのときはぜひ一度、富山の空気を吸いに帰ってきてもらいたいですね。

そして、できることなら、私たちが守ってきた郷土の味である「昆布じめ」も、一度食べてみてもらいたいです。
そこには、富山の風土も、文化も、感謝の気持ちも、全部詰まっていますから。

ライター:長谷川 泰我

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